手前南東部芝生のところに明治29年迄は明心楼という2階建ての瓦葺があって
潜淵館も茅葺から瓦葺きへと大改造を受けていたらしい。
藩主宗紀が起居していたとされ、大正11年11月25日昭和天皇が皇太子の時
ご訪問され潜淵館を御在所としてお使いになられたとか。
その折、写真の東面の廊下に玄関階段が付け加えられるなどの改造があった様子・・・
池側南隅より反時計回りに打たれており、当初は西側庭面を正面
として計画されたものであることが確認できたと報告されている。
素晴らしい造り。瓦屋根にしては細く見えるほどの軒柱が礎石に
ひかり付けている。
これは冗談のようでもあり随分考えられていると思うし、何気ない
つぶやきとして、蛍光灯の回転角が平成4年から八畳はあのようで・・・
修理前は長細い蛍光灯だったので平行でしょうが、どこで止めるのか?
ぴたりと合わせた二対にして、これはまさしく遊び心なのだろうと思う次第。
開け放つと廊下の丸窓から東の景色が見えるように設計してある。
床柱廻りの真壁は薄いので、杉板を目透かしに嵌め、両面をなぐり
ちりに寒冷紗張を施してある。
弓矢に使える材料だっただろうか?揺らぎがなんとも良い。